恵比寿には4年ほど仕事の関係で通っていた。東京の中でもちょっと思い出深い街である。高級そうなお店もたくさんあるんだけどチェーン店や大衆居酒屋、昔から続いているであろう古い店構えの定食屋なんかがあって、静かでいていろいろなお店があり、なかなかおもしろい、そんな街だ。
当時はWebデザイナーを目指していた。結局のところ、短期のキャリアスクールを出た未経験のデザイナー見習いを雇ってくれるような会社が見つからず、とりあえずで入った会社が恵比寿にあった。
ただ通っていただけで、恵比寿という街でこれといったこともしていないんだけど、東京に来て初めて就いた職場ということもあり妙に安心感を覚える。
そう、Webデザイナーになりたかった。なりたかったというか、まあ…早い話なりたかった。
高校からバンドを始めた。その頃から「メジャーデビューして有名になってやる!」みたいな所謂スターを目指す夢追い人、みたいな価値観をもっていなかった。
別にメジャーデビューしてなくてもかっこいいバンドはたくさんいる。
地元で対バンするバンド、遠征で来るバンドのほとんどはインディーズで音楽だけで生活している人たちはいなかったと思うんだけど、それでもみんなかっこよかった。
自分が当時やっていたのがハードコア(さらに詳しくいうとユースクルーとかオールドスクールハードコアあたり)っていうのもあるだろう。アンダーグラウンドなジャンル・土壌で活動していたこともあり、音楽で生計を立てるみたいな考えにならなかった。
だからバンドで食うというよりも、いかに仕事を続けながらバンドをするか、バンドを優先できる仕事はなにか、なんてことを10代の頃はずっと考えていた。今もだけど。
高校を卒業し紆余曲折あってコンピュータの専門学校に通っていた。全く馴染めず、もっと派手でおしゃれでかっこいいことがしたいという想いと、就活があまりに辛すぎてそのまま学校を辞めた。ちなみに専門学校に友達と呼べるような親しい人間はいなかった。誰とも一言も会話せず、ただ授業を受ける。学校が終われば所在なく街をうろついて、退屈だなぁなんて思っていた。
なんで東京に来たかというと理由は2つ。バンドがしたいのとITの仕事は東京の方が多いからだ。
バンドを始めた頃はあまり上京したいと思わず地元でこのままバンド活動を続けて、地方のバンドを企画に呼びたいなんて考えていた。いざ自分のバンドを始めようとするものの、とにかくメンバーが集まらなかった。地方都市でアンダーグラウンドな音楽をしようとなると、とにかく人が集まらない。東京だって似たようなもんだと思うかもしれない(実際そうなんだけど)。とはいえ結局のところ地方と東京では分母が違う。分母が違えば人が集まる確率も違う。なんやかんやで東京はバンド活動をする上で恵まれている。
バンドができないフラストレーションとスーツを着て面接に行かなければならない就職活動。この二つによって精神的に限界が来て、前述の通り当時通っていた専門学校を辞めた。
学生時代も辛かったがこの頃もなかなか地獄だったように思える。バンドがやりたくてもできない。そうこうしているうちに同世代のバンドがどんどん出てくるし、東京に遊びに行けばこれまた同世代のバンドが活躍している。音楽で食べていきたいと思わないものの、やはり有名になりたい気持ちはある。手に負えないほど肥大する自己顕示欲と、バンド活動ができていない現実。友達と呼べるような存在もほぼいない孤独な中、毎日のように焦燥感に苛まれていた地獄のような毎日・・・
学校を辞めたのち手頃なキャリアスクールを見つけ東京に行くことを決意する。やっとこの地獄から抜け出せられると思いわくわくしていた。
東京に来たらすべてがうまくいくはず。そんな淡い期待は見事に裏切られた。キャリアスクールを出てもすぐに仕事が決まらない。日雇いの仕事をしながら、ポートフォリオ用のWebサイト(面接の時にこんなの作れますよと見せるためのもの)を作り、面接しては落とされを繰り返す。
結局自分にはバンドどころか仕事すら見つけられないのかと、ひどく落ち込んだ。デザイナーは無理として、それでもなんとかWebの仕事をしたいと思い応募した会社。そこになんとかアルバイトとして入社することができた。アダルトサイトの運営会社である。
人生、「思ってたのと違うー!」の繰り返しだ。こうして今まで何度も思っていたこと違うことが起きた。本当だったらもっと早くからバンド組めてただろうし、今よりもっと有名になってたかもしれない。でも違う、これが現実。
世の中思い通りにいかないってこと、しばらく生きているとみんな気づくことかと思う。むしろ思い通りいったことがどれだけあるだろうか。思い通りにいかなくて、それでもくじけず、時には受け入れ、時には抗いそうして今があるのかなと思う。
「人生思い通りいかない」
恵比寿にいると、地獄のように辛かった毎日と、ついこの言葉を思い出してしまう。
そう、自分にとっては好きな街。